山梨から世界の舞台で活躍するレーシングドライバー名取鉄平さんにインタビュー

最終更新: 2月25日



山梨県出身、若干19歳の新星レーシングドライバー名取鉄平さんは、2019年からイギリスを拠点にF1直下のFIA-F2に次ぐ、FIA-F3に参戦している。モータースポーツ界で活躍する若手ドライバーの発掘・ステップアップを目的に、Hondaが展開するHonda・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト(HFDP)のサポートを受け、F1という夢を実現するために世界を駆け巡る。レースを始めたきっかけや、今に至るまでの経緯、海外での生活について話を聞いた。


「レース以外の他のことに価値を見いだせなかった」

―さっそくですが名取さんがレースを始めたきっかけはなんだったのでしょうか?


名取鉄平(以下:名取):もともとは親がモータースポーツが好きだったんですよね。父は運送関係の仕事をしているので、乗り物が好きで。静岡の富士スピードウェイにレースに連れて行ってもらったとき、近くに「オートパラダイス御殿場」というカート場があるんですけど、通りかかったときに観たカートレースがきっかけで興味がわいたのが6歳のころですね。


―8歳からカートを始めたとお聞きしたのですが、カートと出会った6歳から8歳までの2年、期間があいているのは理由があるのでしょうか?


名取:やはりカートとはいえ、モータースポーツですからお金がかかるんですよね。6歳の子どもにカートをポンと始めさせるのは親としてはリスキーだったんだと思います(笑)。親が言うにはそこからカートをやりたいと言い続けていたらしいんですね。初めてカートレースを観てから2年、僕が8歳のときにそんなにやりたいならと親も納得してカートレースを始めさせてくれたんです。


―そこから、レーシングドライバーをずっと続けてこられた理由とモチベーションはなんですか?


名取:やはり、カートレースを始めたときからF1レーサーになることが夢だったのと、他に楽しいと思えることが僕にはなかった。みんながゲームしたり、スポーツに熱中したり、それと同じ感覚です。レース以外の他のことに価値を見いだせなかったんです。好きなことを続けてこられたのはなにより、家族の理解とサポート、学校など自分を取り巻く環境が協力してくれたことが大きかったですね。


―今の状況は、名取さんが思い描いているイメージ通りに実現していますか?


名取:ここまで100%やれてます。楽しんで続けてこられたので。


乗り越えた挫折と海外での生活と新たな挑戦


―メディアを介して見る名取さんはハツラツとしていて、こうしてお話をするとより分かるんですが、逆境や困難を楽しんでいる印象があります。逆に、今まで挫折した経験はありますか?


名取:今、F1レーサーを輩出するためのプログラム、Hondaフォーミュラ・ドリーム・プロジェクト(HFDP)の育成ドライバーとしてサポートを受けているのですが、その試験に1度落選したことですね。最終選考までは残ったんですがダメだったんです。やはり日本でF1といえばHondaですし、絶対合格したかったんです。落ち込みました。ですが年齢もまだ若かったため、翌年、再度受けさせてもらえるチャンスをもらえたんです。2回も選考の機会を与えられたドライバーは僕以外いないみたいで。その時の悔しさをバネに、合格を勝ち取って、そのままガッツボーズで学校の修学旅行に途中参加しました(笑)


―現在はイギリスに拠点を移し、F1、FIA-F2に次ぐF1ドライバーの登竜門と言われるFIA-F3に参戦していますが、海外の生活はいかがでしょう?日常で困ることなどはありますか?


名取:海外に出ることは想定していたので英会話を勉強していましたが、やはりコミュニケーションの壁ですね。レースに関係するコミュニケーションは世界共通のレース用語で意外となんとかなっちゃうんです。でも日常的な英会話に苦戦しました。今は慣れましたけど。あとはイギリスの交通ルールや表記に慣れるっていうのも大変でした。


―イギリスでお気に入りのお店も見つけましたか?また、ヨーロッパを始めレースで世界各国を回っていますがお気に入りの国はありますか?


名取:僕はレース前に髪を切るのがルーティンなんですよ。日系の方がやっているヘアサロンがあるのでそこはよくお世話になってます。あとは日本食のお店ですね。特にラーメン。やはり恋しくなります。ロンドンのラーメンは高いですけどおいしいです。お気に入りの国はイタリアですね。パスタ、ピザ、とにかくどこで食べてもおいしくて本場の味に感動しました。食べることが好きなんです(笑)


「誰しも得意なこと、個性を活かせることがあるはず」


―名取さんがハンドルを握るFIA-F3を含む、F1以外のモータースポーツの領域で輝かしい実績を残し、数々のF1ドライバーを輩出してきたイギリスの名門チーム「カーリン・バズ・レーシングチーム」に所属していますが、今後の目標はありますか?


名取:まずは今シーズン、結果を残すことですね。そして、ずっと自分の目標であるF1ドライバーになり、チャンピオンになって表彰台に上ることです。


―スポンサーを自分で探して交渉するとお聞きしました。そのお話を聞いて、プロになって名門と言われるようなチームに所属しても安心できない世界なんだと思いました。


名取:その通りですね。プロになってからが本当のスタートです。F1ドライバーを目指してFIA-F3で走っていますが、来年どうなるかは誰にも分からない。プロスポーツの世界ではそれが常です。結果も残さなければいけないし、もしもチームにいられなくなったとしたら、スポンサーを集めておかないと、いざってときに走れなくなってしまう。好きなことを続けられないのは最悪じゃないですか。それは避けたいので、自分自身でスポンサー企業にアポをとったり、交渉して契約先を見つけています。


―好きなことを楽しみ、夢を実現し続けている名取さんですが、最後に読者に向けたメッセージをお願いいたします。


名取:好きなこと、得意なことを追求しつづけてほしいと思います。僕は、たまたまレースだった。極端な話、ぶっちゃけ他は何やってもダメなんです(笑)けれど、誰しも得意なこと、個性を活かせることがあるはずです。それを見つけて、好きなことを楽しみつづけていけば自分の夢や目標は実現できるはずです。僕も頑張りますので、応援宜しくお願いいたします。


2000年生まれ、世界の舞台で活躍する新星ドライバーとして注目される名取鉄平さん。多忙なスケジュールの合間をぬって取材に応えてくれた名取さんは会ってみると、明朗で活発な青年だった。しかし、それだけではなく、冷静に物事を分析する判断力と、目標に向かっていく情熱を持っていることがその受け答えから感じられた。この日は地元山梨にセッションの合間をぬってイギリスから帰省していたのだが、スポーツチャンネル「DAZN(ダゾーン)」の取材陣が山梨を訪れ、名取さんに密着していたそうだ。近々、その模様は「DAZN」で放映となるとのこと。「DAZN」ではF1とFIA-F2の全セッションと名取さんが参戦するFIA-F3の全セッションを生配信している。未来のF1ドライバーの今後の活躍に注目したい。




名取鉄平

Honda・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト(HFDP)のサポートを受ける2000年9月11日生まれのレーシングドライバー。カートレースを8歳のころから始め、山梨学院高校に通いつつ、国内外のレースで数々の優勝、表彰台を経験。鈴鹿サーキットレーシングスクールを主席で修めスカラシップ(支給型奨学金)を獲得。2018年、FIA-F4 JAPANESE CHAMPIONSHIPで総合2位。2019年、高校卒業とともに拠点をイギリスへと移し名門「カーリン・バズ・レーシングチーム」のもとFIA-F3に参戦。世界のサーキットを舞台にF1を目指し活躍する注目の日本人ドライバーである。

http://teppei-natori.jp/



LATEST POST

これまでの記事

BSW_LOGO.png
  • Instagram
  • ブラックFacebookのアイコン
  • ブラックTwitterのアイコン
BSW_LOGO.png
  • Instagram
  • ブラックFacebookのアイコン
  • ブラックTwitterのアイコン
BSW_SYMBOL.png